1810年に設立されたモンジャーナ兵器工場は、ボルボン朝軍の兵器を生産した産業遺産です。高さ10メートルの地元石材製還元炉や、オリジナル歯車が残る機械ホールなど、ユニークな構造物を有しています。歴史や建築に興味のある方に最適で、カラブリア・セッレの緑に囲まれた修復遺構を巡るコースが整備されています。
- 地元産石材製の還元炉(高さ10メートル以上)
- 先進的建築技術を用いた尖頭アーチの工場棟
- 鉄加工用オリジナル歯車が残る機械ホール
- 展望テラスから周辺の谷間を一望

カラブリア・セッレ地方にある1810年設立の旧ボルボン朝製鉄所。溶鉱炉、機械工場、修復された倉庫群が残り、両シチリア王国の兵器生産と19世紀産業建築を学べます。
- http://www.museorealiferrieremongiana.it/
- Piazza Regina Elena 12, Vibo Valentia (VV)
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- Google画像検索で見る Fabbrica D’armi di Mongiana a Vibo Valentia
イントロダクション
モンジャーナ武器工場に到着することは、タイムトラベルをしているかのようです。緑豊かなセッレ・カラブレ山脈に囲まれたこの旧ブルボン王朝の製鉄所は、何世紀もの歴史を語る壮大な石造りの建造物で訪れる人を迎えます。溶解炉や作業場の跡を歩くと、19世紀の産業の重みを感じることができます。当時ここでは両シチリア王国の武器が鍛造されていました。荘厳さと衰退が混ざり合った雰囲気は、大衆観光から離れた本物の場所を求める人にぴったりです。これは単なる産業遺跡ではなく、山々と孤立に挑んだ人間の英知を示す、カラブリアの勇気の象徴なのです。
歴史の概要
1810年にジョアッキーノ・ムラートの命により設立されたこの工場は、ボルボーネ王国の誇りとなり、大砲と銃の製造を専門としました。1860年のイタリア統一後、重要性を失い、1881年に完全に閉鎖されました。現在は、高炉や鍛造場などの構造物がまだ見られる、カラブリア地方の産業考古学の貴重な例となっています。
- 1810年:ムラート統治下での設立
- 1850年:従業員500人の生産ピーク
- 1860年:統一後の衰退
- 1881年:公式閉鎖
建築と構造物
この複合施設には、地元産の石で造られた高さ10メートルを超える還元炉や金属冷却用の水槽など、独特の要素が保存されています。尖頭アーチを持つ作業場は、当時の先進的な建築技術を示しています。特に印象的なのは『機械の間』で、鉄加工用の歯車が今も見て取れます。使用された材料―ピエトラ・セレーナとセッレ地方の木材―が、この場所を山岳環境に完璧に適応させています。
感動の旅路
メインゲートからスタートしましょう。かつて鉱石を運ぶ荷車が通った場所です。そこから炉へと進むと、今も金槌の音が響いているかのようです。パノラマテラスへ上ると、周囲の谷間を見渡せ、工場がこの地域をどのように支配していたかがわかります。『労働者の物語』コーナーもお見逃しなく。ここには、しばしば女性や子供たちであった労働者たちの日常生活を説明するパネルが展示されています。歴史と自然が忘れられない形で結びついた体験です。
なぜ訪れるべきか
イタリアの産業史を実際に体感できる貴重な場所(カラブリアでは珍しい)であり、教育的価値も高いため、ご家族連れや歴史愛好家に最適です。さらに、セッレ山地の自然環境が息をのむような景色を提供し、文化と軽いトレッキングを組み合わせたい方にぴったりです。一般的な観光ルートから外れた場所で、混雑を気にせず本物の雰囲気に浸ることができます。
旅程 周辺
💡 知らなかったかもしれないこと…
ここではブルボン軍の小銃や戦艦『モナルカ』の大砲が鍛造されました。工場は統一前のイタリアにおける主要な製鉄所の一つとなり、最盛期には800人の労働者を擁しました。衰退は1860年以降、新しいサヴォイア政府が北部の工場を優先したことから始まりました。地元では今も鍛造の秘伝を継承した武器職人たちの話が語り継がれています。



